楮ほうじ茶、石州和紙の里で芽吹く一杯

楮ほうじ茶、石州和紙の里で芽吹く一杯

はじめに──「捨て葉」を、暮らしの滋味へ

石見の山里で、紙の原料として育てられてきた楮(こうぞ)。和紙づくりでは樹皮の繊維こそが主役で、葉は長らく脇役のままでした。工房の庭先で山の風に揺れ、刈り取りの季節には葉は不要なものでした——。
その光景のそばに通い、楮の手入れを手伝ううち、私たちは思いました。「この葉に、もう一度、居場所をつくれないか。」

小生活の「楮ほうじ茶」は、その問いから始まった小さな循環です。

紙の里で育った植物の、別の表情に耳を澄ませる。
焙じた葉を湯にくぐらせると、山里の縁を歩いた日の匂いが、湯気にのって立ちのぼります。

楮という植物、和紙の要(かなめ)

楮はクワ科の落葉灌木で、和紙の主原料のひとつ。紙になるのは葉ではなく、外樹皮の内側にある白い靭皮(じんぴ)繊維です。繊維が太く長いため強靭な紙に仕上がり、障子紙から美術紙まで幅広く用いられてきました。

楮の紙づくりの伝統は日本各地にありますが、石見地方に受け継がれてきたのが「石州和紙」。2014年には「Washi, craftsmanship of traditional Japanese hand-made paper」の一部としてユネスコ無形文化遺産に登録され、その技と暮らしは世界的にも評価を受けています。

産地を歩く──浜田市三隅町・西田和紙工房

私たちが通い手伝いを重ねているのは、島根県浜田市三隅町にある西田和紙工房。石州半紙の産地に根を下ろし、現在は七代目の西田誠吉さんが中心に工房を率いています。工房では書画用紙や修復用の紙に加え、石見神楽の大蛇(おろち)の胴を張るための和紙「蛇胴紙」など、地域の文化に結びついた紙も手がけています。

この土地は、湧水と植物、仕事の手が出会う場所。楮・三椏・雁皮などの原料加工から紙漉きまで、一貫した手仕事を守りつつ、暮らしの側に寄り添う和紙を作り続けています。

和紙工房での「お手伝い」

工房のカレンダーは、楮の暦で動きます。春は芽かきや畑の整え、夏は日差しと葉の成長を見守り、秋は手入れの総仕上げ。冬には枝を刈り取り、蒸して皮をはぎ、白い繊維をあらわにする。紙になるのは樹皮ですが、葉もまた季節の彩りを教えてくれる存在です。
私たちはここで学びました。作物であり、原料でもあり、「循環」を扱う仕事だということ。

水を張った漉き舟に立つと、背筋が伸びます。紙にふさわしい緊張感が、畑の手入れにも、葉の摘みとりにも同じように通っているからです。
石州の幾つかの工房がそれぞれの得意を磨き、技を継いできたように(紙は同じに見えて、じつは違う)。

楮の「葉」をどう活かすか——その問いに私たちなりの答えを探す日々が始まりました。

「葉だけは使わない」から、発想の転換へ

和紙づくりでは、幹と樹皮が中心。葉は紙にはならない。だから長く“使わないもの”だった。
工房に通い私たちは、その「余白」に惹かれました。香りはどうだろう、渋みは、火を入れるとどう変わるだろう。紙とは別の道で、楮という植物に第二の居場所をつくれないか。
そこで試作を始めました。楮は葉だけを摘む。洗う、干す、焙じる。抽出して口に含むと、草木の奥にある穏やかな甘みが、ふっとひらきます。

「捨て葉」が、一杯の中で静かに生き返る。この確かな手応えが、商品化への一歩になりました。

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 楮ほうじ茶 ティーバッグ8包入 2,400円


楮ほうじ茶ができるまで

  1. 手摘み
    工房へ通い、楮の手入れをしながら葉だけを手摘みします。虫喰い・傷のあるものは外し、青みの状態を見極めます。
  2. 水洗いと下処理
    持ち帰った葉は、土埃や微細な汚れを落とすため複数回の水洗い。水切りを丁寧に行います。
  3. 天日干し
    三日間の天日干しが、小生活の目安。直射と風の当たり方を見て広げ、重なりを避けながら葉の水分を抜きます。
  4. 焙じ(ほうじ)
    温度と時間は“香り優先の低中温・二段火入れ”が基本。最初の火で青い香りを丸くし、仕上げの火で香ばしさに厚みを足すイメージです。ここで半分ほど青い葉色を残すのがポイントで、この「青み」が焙煎後の香りに奥行きを与えます。
  5. 休ませる・仕上げ整え
    焙煎直後は香りが荒いことがあるため、一晩休ませてから選別。ティーバッグに適したサイズに整え、充填します。
  6. ティーバッグ加工 
    主要の製品は 3g × 8包のティーバッグ仕様。淹れ方は1包に対して約200ml、約90℃、2–3分蒸らしが基準です。水出しは1Lの水に2包、6–8時間。いずれも、楮の穏やかな甘みと焙煎香が前に出る設計にしています。

※上記は小生活での製造基準です。産地や年ごとの葉の状態に応じて微調整します(乾燥・火入れの段取りは季節と天候で変わります) 

味わいのこと──「山里の縁」をすする

一口目の印象は香ばしさ。焙煎の層の奥に、若草の青い気配が残り、余韻にやわらかな甘みがほどけます。緑茶のような強い渋みは出にくく、食後や就寝前にも飲みやすい仕立て。水出しにすれば、さらに角がとれて、木陰に入ったときの涼しさを思わせる一杯になります。

熱湯を避け、90℃前後で時間を守ると、香りの立ち方が安定します。二煎目はやや長めに。夏場は水出しで常備して、朝起き抜けの一杯に。

循環の手ざわり——紙の里から、茶の里へ

和紙づくりの要は樹皮。紙にはならない葉に、別の居場所を与える。「もったいない」を嘆くのではなく、仕事として手ざわりのある循環に仕立て直す。

西田和紙工房で学んだのは、技を守ることと同じくらい、使ってもらえる形にする眼です。紙も、茶も、相手の暮らしに届いてこそ続いていく。石州の水と風土が育てた楮に、私たちはささやかな橋を架けたいのです。

西田和紙工房という現場

西田和紙工房は、島根県浜田市三隅町。石州和紙の里の一角にあり、工房の前に田んぼがひらけ、仕事の動線に沿って間取りが組まれています。紙漉きの道具「簀桁(すげた)」や漉き舟の水面、干板に並ぶ紙——すべてが“日常の中の非日常”です。
工房では地域の文化に根差した紙づくりを続け、修復紙や神楽の素材紙など用途のはっきりした紙も多く手がけます。

紙は用途が定まるほど、仕事が具体になる。その考え方は、楮の葉を「茶」という用途へ手渡すときにも、大きな示唆をくれました。

覚え書き: 楮ほうじ茶の淹れ方と日々の使いこなし

  • ホット:1包(3g)に約200ml/約90℃/2–3分。まずは教科書どおりに。香りを強めたい日は温度だけ3–5℃下げて30秒長めに。

  • 二煎目:やや長めに(+30–60秒)。香ばしさが丸く伸びます。

  • 水出し:1Lに2包/冷蔵庫で6–8時間。翌日中に飲み切りを。

※体感の味覚には個人差があります。体調に合わせ、無理のない範囲でお楽しみください

おわりに──「小さな発見」が暮らしを動かす

紙の里で育った楮の葉が、湯気の向こうで別の物語を語り始める。その瞬間が、私たちは好きです。

「楮ほうじ茶」は、伝統への敬意からこぼれ落ちた余白の拾いもの。けれど、捨てられるはずだったものに手を入れ、時間を重ね、暮らしの味に仕立て直す仕事は、まぎれもなく現在進行形のものづくりです。
紙をすく手が、葉を摘み、茶を淹れる。同じ水脈でつながる手仕事が、新しい日々の習慣になりますように。

参考

楮は和紙の主原料として知られ、靭皮繊維を用いる(奈良国立博物館・正倉院展用語解説/日本印刷産業連合会の用語集)。正倉院展用語解説+1

石州和紙は2014年に「Washi, craftsmanship of traditional Japanese hand-made paper」としてユネスコ無形文化遺産に登録。石州和紙 久保田 | Just another WordPress site+1

西田和紙工房(浜田市三隅町)とその仕事、産地の位置づけ。シキノカ+1

本商品の製造背景(手摘み/三日天日干し/香りを残す設計/抽出の基準)。楮ほうじ茶 | 小生活 konamaiki